三ツ又沼ビオトープ
本を買いました。
「在来野草による緑化ハンドブック 身近な自然の植生修復」という本です。
外来植物はもはや至るところに進出しており、 草刈などしていても外来の植物を見ない事はまずありません。
昔々在来種の植物が広がっていた光景はどういったものだったのか 、もはや自分にはそれを見るすべは無いのですが、 この本を読めば少しは想像出来るかと思い、 読んでみる事にしました。
植物に限らず山や海、川、森、草地、地形すべてにおいて、 人間の活動がある以上、 本物に近い自然というのはだんだんと失われて、 本物を見て学ぶという事も出来なくなっていく( 私の近所では既に出来ないのかもしれない)のだと思います。 これに関しては全面的に肯定も否定もできない性質のものであると思います 。
そんな事を思いながら、 在来野草の保全活動がこの本でも紹介されている「 三ツ又沼ビオトープ」というところに行ってきました。
明治時代に荒川で発生した洪水被害をうけ、 大正初期から昭和初期まで河川改修工事が行われ、 蛇行していた荒川の流路が直線的に変わりました。
三ツ又沼は、 元々荒川と入間川が合流していた地点が湿地や沼となって取り残された場所だそうです。
駐車場
沼へ向かう土手づたいの散策路
近年になって淡竹(ハチク) が花を咲かせ一斉に枯れたそうですが、これかな?
沼
沼を過ぎると長大な木道が続いていました。
三ツ又沼ビオトープには、広大な草原と林、 湿地が広がっていました。
この広大なエリア全域でフルパワーの保全活動をする事は現実的に 不可能なため、 スポットを決めてそれぞれの場所で保全と修復を行っているそうで す。
それでもこれだけのスペースで保全活動をするのは並大抵のことで はないと思います。
昔々は自然物を資材として使用することで結果的に二次的自然が保 たれていたといいます。
河畔に限らず、里山や森林も同じです。
そして時代ごとに、いっぱい使ったり使わなかったりの需要の凹凸がありました。
江戸時代には禿山が増え、木1本の伐採で死罪となった事もあるそうです。(御林 おはやし で検索すると出てきます。)
この凹凸の事は現在、「オーバーユーズ」「アンダーユーズ」 という言葉で表現されています。
自然を保つ事と人間の生活・ 経済活動はもっと密接に関連していても良いのかな、 などと思いながら沼を後にしました。